日常の暮らしにとけこむ、伊賀焼の土鍋
三重県の北西部に位置する伊賀市は、忍者や城下町、豊かな自然を楽しめる場所ですが、焼き物の産地でもあります。実は、400万年ほど前、今の伊賀市の場所には、琵琶湖がありました。「古琵琶湖層群」と呼ばれる地層から良質な土が取れることから、市内各地には、伊賀焼の窯元が点在しています。
今回ご紹介する返礼品は、伊賀焼の土鍋「かまどさん」3合炊きです。土鍋で炊くごはんはおいしいものの、一般的には火加減が難しく、炊いた後の片付けが大変なことから、一般家庭で使うにはハードルが高いと思う方も多いかもしれません。しかし、その概念を変えたのが、火加減なし、吹きこぼれなしの「かまどさん」です。そんなすぐれものを企画・開発した窯元・長谷園を訪れました。
創業190年を超える老舗の窯元「長谷園」
今回お話を伺ったのは、天保3(1832)年創業の長谷園(長谷製陶)8代目社長の長谷康弘(ながたにやすひろ)さんです。長谷園は、2022年に創業190年を迎えた歴史のある窯元。敷地内には、創業から昭和40年ごろまで使われていた「16連房登り窯」や大正時代に建築された旧事務所の「大正館」など、国の登録有形文化財に指定されている場所や建物がいくつもあり、買い物だけでなく探索も楽しめます。大正館の中では、伊賀焼のカップでコーヒーを飲むことができ、カップはそのまま持ち帰りが可能です。伝統を受け継ぎつつ、伊賀焼と今の暮らしをつなげる取り組みに力を入れているのが、長谷園なのです。
伊賀焼の特徴は、この土地ならではの土にありました。「地層から取った土を鍋の形に整え窯で焼き上げると、土に含まれていた400万年前の有機物が燃え尽き、気孔と呼ばれる小さな穴がたくさんできます。気孔は、火を加えると蓄熱作用を起こし、中に入れた食材に均等に熱を伝えることができます」と伊賀の土の魅力を語る長谷さん。
耐火性・蓄熱性に優れ、吸水性を持つ伊賀の土の特性を活かし、代々土鍋や行平、焙烙(ほうらく)などの生活に密着したものづくりを行なっていた長谷園。さらに、先代の社長の時代には、建築タイル事業にも注力していました。しかし、阪神・淡路大震災により、重みのあるタイルは敬遠。キャンセルが相次ぎ、会社の経営を揺るがす事態が起きます。
当時伊賀を離れ、東京で生活していた長谷さんは、1997年に帰郷。会社の危機を乗り越えるため、商品開発に力を入れることを決意します。「うちは土鍋屋ですから、子どもの頃から土鍋ごはんの味を知っていました。土鍋で炊くごはんのおいしさは、大前提。しかし、便利さを兼ね備えなければ、一般家庭に受け入れられないことはわかっていました。そこで火加減なし・吹きこぼれなしの土鍋を目指し、4年の歳月をかけて自社開発しました」。
そして、ついに2000年「かまどさん」が誕生。販売開始から少しずつ口コミで広がる中、料理のプロたちの後押しもあり、知名度が上がっていきます。2022年には、累計販売数100万台を突破しました。
販売数100万台を突破した「かまどさん」
かまどさんは、一度火にかけるだけで、ごはんを炊くときの言い回し“はじめちょろちょろ、なかパッパ、赤子泣いてもフタとるな”の示す通りの温度変化が実行される仕組みです。「伊賀の土の特性をさらに生かすために、鍋の本体を分厚くすることで、内側がゆっくり温まっていきます。蓄熱したら、グッと中に熱を伝え、一気に温度が上がる。まさに理想通りの温度変化です。火を切った後も、熱がなかなか冷めないため、余熱で蒸らしに入ってくれます」。
かまどさんは、二重蓋構造です。圧力釜の効果に加え、炊いている最中にぶくぶくと出てくるおねばが、中に戻るようにつくられています。一般的な土鍋以上の高い遠赤外線効果を発揮できるよう、新たに釉薬も開発。食材の芯までしっかり熱が届く工夫がありました。
初めての土鍋ごはん!簡単においしく炊く方法を伝授
「かまどさん」でおいしくごはんを炊くためのコツを教えてもらいました。「お米を20分浸水させ、中蓋・上蓋をセットします。このときに穴の位置をクロスさせてください。しっかり圧をかけることで、おいしいごはんが炊けます。約12分、中強火にかけ、火を止めたら20分蒸らして完成です」と長谷さん。
伊賀の土には吸湿・保湿効果があるため、木のおひつに移す必要がなく、そのまま保存することができます。とても便利です。土鍋ごはんの魅力は、舌で感じるお米の甘みやおいしさに加え、鼻から抜けるお米の香りを一緒に感じられること。さらに、炊き立てだけでなく、冷めてもおいしいことに驚きました。
お客様の声をヒントに、窯元の強みを活かしてパーツ販売を開始
長谷園のもうひとつの特徴は、陶器業界で珍しい「パーツ販売」を、いち早く取り入れたことにあります。生産から販売まで一貫して自社で取り組んでいるからこそ、着手できたことです。
「お客さまのアンケートから、パーツを1つ割ってしまい、すでに使っていない方がいらっしゃることを知りました。大きな産地は分業化が進んでいるため、パーツ販売は困難です。窯元だからこそ、実現できればうちの強みになると思いました」と長谷さん。
ただ、同じ規格の3合炊きの上蓋でも、手作業である以上、わずかなサイズの誤差が発生します。また、焼き物は乾燥・焼く段階で収縮するもの。さらに同じ窯の中の手前と奥、上と下では収縮率が異なるため、出荷前には、従業員がひとつずつ確かめてサイズが合うものを選んでいます。
「そのため、3合炊きのかまどさんをお持ちのお客さまにも、必ずお手持ちの土鍋の直径を測ってもらうようお願いしています。サイズが合わなければ、しっかり圧が掛からず、本来の力を発揮できませんから。もちろん返礼品のかまどさんも、パーツ販売に対応しています」。
「作り手は真の使い手であれ」の思いと共に見据える未来
長谷園のモットーは「作り手は真の使い手であれ」。各時代に合ったものづくり、技術や技法の継承に加え、「家庭で簡単においしい土鍋ごはんが食べられるように」「割れたパーツだけ追加で購入できるように」と、使い手の目線で考え、お客さまに寄り添う姿勢が今の発展に繋がっていることを感じました。
「これからは、もっと異素材、異業種と一緒にものづくりをしていきたいです。視野が広がれば、お客さまにとってもプラスになるものづくりができるはず。県内外の方に喜んでいただくことが、地域の活性化にもつながると思っています」と、未来に向けての抱負を語ってくれた長谷さん。お米本来のおいしさを簡単に引き出してくれる、かまどさん。気軽に、土鍋ごはんデビューしてみませんか?
中部支部(三重県伊賀市担当) / 松岡 人代(まつおか ひとよ)
滋賀県甲賀市出身、在住。高知県・四万十農協広報勤務を経て、滋賀県へUターン。2015年よりフリーライターとして、WEBサイトやパンフレット向けの取材・執筆を手がけています。外に出たことで滋賀の地域や人の魅力を改めて実感!
伊賀市は、自然のアクティビティに加え、城下町探索や伊賀焼の窯元めぐりなど、さまざまな楽しみ方ができるまちです。